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diary

2017/01/16()1月17日は阪神大震災の22回目の日です。会員各位の情を思い出します
 22年目の震災の日が明日1月17日です。
 多くの会員の先生方から頂いた救援への心遣いを思い出す私の記念日です。
 会員各先生のお蔭で、その年のうちに総本部道場を再建していただきました。
 その道場で、会員が学び、私たち家族が生活を出来ていることを感謝しております。
 震災で家を失った人たちのために、神戸市がマンションを借り上げて、罹災者住宅にしたのです。
 その借り上げ機関が20年であり、住んでいるマンションから立退くように言われているのです。
 私たちは、会員の皆様のお蔭で22年間住まわせていただいております。有難いことです。
 鳥取中部地震で倉吉芸美会会員の店が被害にあわれたのでお見舞いに行きました。
 その時、店は被害もなく、きれいで、震災の翌日から営業が出来て、お客様も来てくれていたのです。
 それから4ケ月が経ち、300回の余震が続いたため、壁にひびがはいり、屋根のかわらがずれるなどの被害が出て来ているようです。かなり大がかりな補修工事が必要とのことで、ご苦労が増えることが気がかりです。
 阪神大震災の鎮魂のためとはじまったルミナリエは、今年のメッセージから、鎮魂という言葉が消えていました。
 21回忌が済めば、亡くなった人への鎮魂も終わった。ということなのでしょうか。
 ルミナリエは、ライトアップという観光客寄せになったのでしょうか。
2016/11/15()トランプは、理容店主と同じ自営業者である。
 トランプは自分の名前をつけた建物の下層階を店舗に貸し、中層階を事務所に貸し、上層階をマンションにして、最上層階に住んでいます。
 理容店主は、3階建てを建て、1階で理容店をして、2階を医者に貸し、3階で済んでいる。のとトランプと一緒で、自営業を営んでいることは大きい小さいは別にして、自分の建物で商売をして同じ建物に住んでいるのは、ともに同じ自営業者と言えるようです。
 自営業者トランプが、美人の奥様と娘を引き連れ、夫婦でワシントンの政治権力者のクリントンに挑んだ姿は、反権力者であった。
 自営業者は自分の商いが初めにあり、TPPなどの他人と組んで商いをすることや、他人の国との防衛協力に自分の金を出したくないのは当然のことです。
 日本が攻撃されたら、アメリカが助けるが、アメリカが攻撃されたら日本は助けない。などは自営業やの勝手な気持を表しているようです。
 ワシントンの政治権力への反権力で当選したとたん、反権力への反権力の黒人、移民が、反トランプのデモをするのもアメリカらしい姿です。
 当選して大店の店主になったトランプは、共和党から番頭さんを招いて大統領の任務を果たすようですが、トランプさんは、政治を番頭に任せて、アメリカ合衆国の旦那として、遊び歩いてくれれば大阪の商人の旦那衆の仲間になれるのではないだろうか。
 自営業者トランプのこれからの姿を眺めるのがが楽しみである。
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2016/10/27()鳥取中部地震で倉吉芸美会員の店が、地震翌日から営業して、全員無事です
 10月21日午後2時に起こった鳥取県倉吉市を震源地とする震度6の地震では、倉吉芸美会員の安否が気になった。電話では皆さん無事の様子で一応安心をしました。
 10月26日に地震見舞いに倉吉を訪ねた。鍬本伯竹・直也先生のの店は、店は被害なく、お客様の調髪をされており、何ら変わりがなく、直也先生の車で会員の店を訪ねたが、皆さんお客様のカットをされており、安心しました。
 中村光宏前会長の店は表のタイルの柱に大きなひびが入り危ない状況ですが、お客様にカットをされており、仏壇が傾き、位牌などが飛び出しており、会員の中ではやや被害が大きいようでした。
 地震発生の夜も電気、水道も通じており、翌日の27日も営業が出来て、お客様も来店されていたようで、営業には差支えなかったようです。
 家の中では、食器棚から食器が
飛出してほとんど壊れたようで、その片付けが大変だったようです。
 町の中も、ビニールシートが被われている建物も多くなく、地震があった町のように、神戸の経験から、感じられなく静かであった。
 倉吉芸美会員全員ケガもなく、震災翌日から営業が出来、お客様が来てくれていることは、本当に良かった。と安心した神戸に帰りました。
 全国の会員の皆様からのご心配への報告です。
2016/09/17()理容文化社が土地家屋を売却。理容ジャーナルが消えゆく
 戦後すぐに発刊された理容業界雑誌「理容文化」が2016年2月号を以って,廃刊となった。
 理容文化社の土地とビルも売却されると聞いた。
 理容業界が、業界誌を支えることが出来なくなったという経済力を持てなかった。という残念さが残るのです。
 理容文化の創立舎樋口氏は、戦後、全国理容連盟の創立に尽力し、理容業界のリーダーを集め、その中に,先代西浦騎鶴や斉藤隆一、米倉近先生がおられ、理容業の全国組織が作られたのです。
 ご自分の土地を全理連に寄付され、その土地に全理連の事務所と中央理容学校が建築されたのです。
 樋口氏がおられたからこそ、全理連が創立できたんおであり、今の全理連ビルへと発展したのです。
 全理連ビルが9階のビルに建て替えたとき、理容文化社のビルを建てて、事務所とテナントが入ったのでしたが、それも売却されることになったのです。
 理容関係の出版者である樋口氏の英断により、全理連が出来たことを知る人も少なくなってきていますが、理容文化社のビルがなくなることで、全理連の誕生のことも消えてゆくであろう。
 それも歴史といえば寂しいことです。
2016/08/11()直木賞に荻原浩著作の「海の見える理髪店」が受賞
 2016年春の直木賞は、「海の見える理髪店」が選ばれた。
 ずっと美容室で髪を切っていた男性が、結婚式の前日に理容店で髪を切ろうと思い、一人で営業している海辺の理容店で、髪を切っている間、理容師がお客様に自分の理容師人生を語る物語である。
 親の理容店を継ぎ、理容学校には行かず、見よう見まねで技術を身に着け、競技会で勝ったこともあったが、長髪が流行して店が暇になったが、アイロンパーマで繁盛し、有名俳優を客に持つようになり、銀座に支店を開業するまでになったが、暇になり銀座の店を閉め、更に本店も変転して、郊外の海辺で一人で理容店をするようになったことを、お客に技術をしながら話しかけるのです。
 その技術は、くせ直し、カット、シャンプー、顔そり、セットの総合調髪のコースで、作者は、、技術の工程を詳しく書かれており、カットでは髪を切る時のきさくさくという響きの心地よさ、くせ直しやシャンプーでの、指の力が頭皮を揉みほぐしてゆく感覚の良さなどが描かれているのです。
 総合調髪が進んでいる間語られる店主の理容師人生は、ああそうやな。理容師は共感を覚える著者荻原浩の文章である。
 理容師としては、ぜひ読んでもらいたい小説であります。
 直木賞を貰った理容を描いた物語です。
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切って出し日記 Ver1.4 CGI-PLANT