"理容業界の巨匠”黒田 祐弘”が亡くなって7年の歳月がながれました。1997年”米寿寿賀記念””理容文芸発刊45周年"として香川県芸美会が制作した”ヘアカッティング基本技術”のビデオを公開致します

ヘアカッティング基本技術

理容文芸発刊45周年
黒田 祐弘 米寿寿賀記念

−技術 黒田 祐弘−
製作:香川県芸美会
↓ クリックすると動画で見ることができます

 【 構成によせて   神田義毅(香川県芸美会本部長) 

黒田祐弘先生の節目にふさわしい企画。
理容文芸
45周年、並びに業歴70年と米寿の祝賀記念として、常々皆様から要望されていました基本技術のビデオを作製することになり、地元、香川県芸美会の構成により先生の技術の一端を収録完成いたしましたので、ここ一つの節目として発表させて戴きます。
 黒田先生も利用の原点として納得くだされば幸せである。と申されておられます。このビデオは香川県芸美会の誇りと思っております。

製作スタッフ:塩山文雄/佐長繁喜/森 明祈/池下義顕
【複写禁止】 塩山修康/モデル   天野 明


黒田祐弘 略歴

生年月日 明治45年3月23日
昭和6年 父浅吉に師事し理容業に入る
昭和8年 父浅吉死去、行年49歳
昭和9年 美容世界社を訪ね講師会に列す
昭和16年 徴用令で佐世保海軍工 総務部に勤務する
昭和18年 召集令により佐世保相浦海兵団に入団
昭和20年  鹿児島県鹿屋笠の原航空基地で終戦帰郷
昭和23年 全日本芸美会本部講師
昭和24年  第2回全国理容競技選手権大会に優勝 
昭和25年 全国理容連盟本部講師
昭和26年 中央高等理容学校師範科講師
昭和27年 香川県理容組合連合会教育部長
      第5回全国理容競技大会審査委員
昭和28年 第6回全国理容競技大会審査委員
      第1回全国理容学術会議を観音寺市において主催する
昭和29年 第7回全国理容競技大会審査委員
昭和30年 第8回全国理容競技大会審査委員
      四国ブロック理容師会教育委員長
      第3回理容学術会議長崎学会において「頭部外郭支柱線」を
      発表学術賞を受賞
昭和31年 第9回全国理容競技会審査委員
      理容文芸社代表取締役に就任 
昭和33年 「ハーフロング」「ロング」の教本を出版
昭和38年 全日本芸美会本部技術部長に就任
昭和40年 全理連第1回欧米業界視察団員として欧米11カ国視察
昭和41年 全日本芸美会教育長に就任
昭和45年 明石市に転居「ヘアカッティング全書」を出版
昭和48年 奥田、徳田、北尾の三氏とウイーンに於いて芸美会の
      技術を公開披露する
昭和49年 同じメンバーで渡欧、 フエスティバル・ド・パリの研修に
      参加パリ業界の第一人者たちの指導を受ける
昭和57年 明石市技能功労章を受賞
昭和58年 芸美会50年史編纂発刊を機に教育長を勇退
      全日本芸美会副会長に就任
昭和62年 1月5日後継者(将仁)死去、仁尾町に帰郷
      芸美会副会長辞任 相談役
平成11年 理容文芸発刊45年
平成17年 11月3日永眠